7月中旬。
人間界はもう夏である。

黒尽くめの服を着た飛影は、いつものように働かなければならない。
魔界の住民にとって、人間界が夏だろうが冬だろうが関係ない。
敗者がただひたすらに、煙鬼にコキ使われる日々だ。

血と肉の混じり合うような腐った臭いの中、「暑さ」とは無縁な炎使いは、
愚痴をこぼしながら仕事をしていた。




レイ様

そして、今日もいつものようにパトロールや雑務が終わった。

肩を鳴らしながら、疲れに溜息を掛けて自室へと向かう。
(俺は修行がしたいというのに…いつまでこんなくだらん仕事をしていなければならんのだ!)
悪態をつきながら、彼は足をゆっくりと動かした。
そしてその時だ。
人間界の出張から、躯が帰ってきたのは。
「よう、飛影。人間界から戻ったぞ。あっづー」
些か苛々してそうな声色だった。なんか、ものすごい汗だくだし。
「…ああ、躯か。ちょうどいい、修行の相手をしろ。」

「イヤだ。」


・・・・なんだと?

「お前見るだけで、なんかマジで暑いもん。」
「……。」
「おい時雨、カキ氷いっちょな!」
「はっ、かしこまりましたでござる!シロップはいかがなさいまするか!」
「ビールかけてくれ。」

その言葉を残すと、さっさと行ってしまった。
逆毛少年は少しショックを受けながら、その場に立っていた。



安奈様

「ちっ」
躯の去ったほうをにらみつつ、飛影は忌々しげに舌打ちをすると身をひるがえした。
「飛影、どこへ行く」
躯に下された命令を遂行すべく、厨房に向かおうとしていた時雨がそれに目を留め、声を掛けた。
「キサマには関係ない」
それへとにべもない返事だけを残すと、飛影は移動要塞を飛び出して行った。

飛び出したからと言って、飛影に行くあてがあるわけでもなく、
取りあえず幽助のところへ向かうことにした。
もしかしたら手合わせの相手をしてもらえ・・・してやれるかもしれないと考えて。

みさ様






佐藤様

「はあ!? 手合わせの相手しろだぁ!? 寝ぼけてんのかオメー!!!!」
額に青筋浮かせて幽助は怒鳴った。一方飛影は涼しい顔で、瞬きを、一度。
「状況見てモノ言え! 手合わせどころか猫の手も借りてーんだよこっちは!」
 ダボを振って麺の湯きりをしつつ、幽助はツバを飛ばす。
幽助は、当然ながらラーメン屋台の営業中で、しかも今夜は新メニューの冷やしラーメンが大当たりで大繁盛のてんてこまい、だった。
「相手が欲しーなら蔵馬か桑原んトコでも行け。どうしてもってーなら、手伝え。丼ぐらい運べ。そしたら店終わってから相手してやる」
 有無を言わさぬ口調で鼻息荒く幽助は告げた。もちろん、プライドの高い飛影が“手伝う”なんて選択を取るはずがないと見越しての事だ。
「……」
そして幽助の目論見通り、飛影はやや唇を尖らせて、さっきよりせわしない瞬きを2、3度くり返してから、くるり踵を返した。

水夏様

水夏様

「邪魔したな」
飛影は不機嫌そうな声で幽助にそう伝えると一瞬にしてその場を後にしたのだった。
相変わらず必要最低限度しか言葉を口にしない飛影に、咽るような熱気の中に閉じ込められているようになっている屋台の店主は薄く苦笑すると、また忙しそうに仕事に戻ったのだった。
多分最初に向かうのは蔵馬のところだろう。桑原はこの時間だと雪菜と桑原の家族団らんで夕食を摂っている頃だからだ。
ああ見えて妹に気を使っているところがあるのだ。
あの漆黒の剣士は・・・



さて、これから面倒な要求を呑まなくてはならない事態になりそうな南野・・もとい蔵馬は定時に仕事が終わり帰宅の道をノンビリ歩いていた。
人間社会に残った美しい白銀の妖怪は今や会社にはなくてはならない有望な社員の一員になっており、本人が目立つようなことはしたくないと思ったとしても、彼の持って生まれた優れた頭脳はそうはさせてはくれなかったのだった。

「最近血生臭いことがないな・・・」

人気の無くなった細い路地を歩いている蔵馬がポツリと言葉を漏らすと、その言葉を嬉々として耳にした人影は蔵馬の背後に降り立つと声を掛けたのだった。

「酷く退屈のご様子だが、俺が直々に構ってやろうか?」

琥珀様

蔵馬は声のする方を向いた。
すると、自分の予想していた人物が現れ、特に驚きもせずクスリと笑む。
「こんばんは。どうしたんですか?」
飛影が何を言いたいのかはわかっているのだろう。
しかし、蔵馬は自分から言わず相手に明確な答えを要求した。

「フン…わかっているだろう。貴様と手合わせをしにきた。」
そろそろ、飛影も手合わせの相手を探すのに飽きてきたのだろう、有無を言わせぬよう手に剣を持ち蔵馬にむける。
「最近、血生臭いことがなかったので丁度よかった…」
蔵馬はそういいながら、髪をすっと触る。すると、一輪の薔薇が出て一瞬にして鞭へと変わった。


「相手になろう、飛影」
人間のように柔らかだった目つきが妖怪の鋭い目つきへと変貌する。
そして、暗闇の中ふたりの戦いが始まろうとしていた―――・・・


レイ様


「飛影…貴方がどれだけパワーアップしたか楽しみですね」
「ふっ。ごたくはいい。来い」

「はあああああ!!」
「おおおおおお!!」

美しき紺色の空に、ふたりの掛け声が舞った。


・・・・・・・・。

「おお、なかなかうまいぞこのカキ氷。時雨、お前はなかなか見所があるな。」
「はっ、恐れ入ります。」
「しかし、この頭キーンてなるの、どうにかなんねえ?」
「躯様…!恐れ入りますがカキ氷は飲むものではなく食べるものにござりまする!」
「あ、そうなの?ま、いいや。ごっそさん。…ところで、飛影のやつはどこいった?」
「多分、蔵馬のところではないかと。」
「なんだ、まーたアレか?」
「はい、またアレの特訓ではないかと。」


躯は目を細めた。

「若さってのは凄いな、全く。」
「そんな、躯様もまだまだお若いでしょう」
「いや、まだまだ青いって意味だ。全体的にな。」

カキ氷の入っていた器を、時雨に手渡し、体をゆったりと休ませる。そして今頃、死闘を繰り広げているだろう炎術師を思った。
「血の気が多すぎるんだよ。あいつは・・・・・・」






夏の夜とは適度に涼しいものだ。
どっと2人から流れ出た汗も、夏の風が吹き飛ばしてくれる。
戦闘を開始した時間には鳴いていたセミも、いつの間にか口を閉じ、静寂が二人を包んだ。
戦いながらどんどんと人気の無い方へと移動していった二人は、山の入り口近くまで来ていた。

「躯は相手にしてくれなかったのか?」

蔵馬は聞かなくても分かっていた。躯が相手にしてくれるならば、それ以上のことはないだろう。躯以上の相手などいないからだ。

飛影は質問に答えず、ただ一言呟いた。

「暑いぞ・・・、どうなってるんだ人間界は。」

そうか、めったに人間界に来ない飛影は、四季をしっかりと把握していないのか。
と、蔵馬は思った。
魔界では暑くても寒くても、『今日は寒い』『昨日も今日も暑い』位の意識しか持っていない。 『夏』というくくりを知らないのだ。

「というか日本がね、夏だからさ。これからもっと暑くなるんだと思うと気が滅入るよ・・・。」
「これ以上暑くなるのか?!」
「そうさ。それに今は夜だからマシだけど、昼だったら手合わせどころじゃなかったろうな。」

昼であれば、本当の意味で手合わせどころでは無い。
しかしそんな問題よりも、「昼はもっと暑い」ということを聞いてハッとした。
炎術師の自分でさえ暑い。雪菜は大丈夫なのだろうか。

隣で何か考え込む飛影を見た後、蔵馬は視線を空に移した。
都会から離れた場所だからか、星も良く見える。たとえ血なまぐさいことが無くとも、人間界には季節の風物詩があった。 夏を知らない飛影にホタルを見せてやりたくなるほど、人間界の生活に幸せを感じていた。

(まぁ飛影がこうやって知らないままでいてくれるから、そのありがたみを感じられるわけだけど。)

ーー飛影にはあえて、人間界の常識をあまり教えないでいよう。いちいち驚く様も面白いし。

こっそりと笑みを浮かべながら、蔵馬はボロボロになった服をはたいて、立ち上がった。
「飛影、そろそろオレは帰るとするよ。仕事があるからね。それと・・・。」
「それと?」
「雪菜ちゃんも最初は驚いてたそうだよ。桑原君が言ってたんだけどね、もう最近は暑さに慣れてきたって。」
「・・・!貴様は・・・。」
「じゃ、飛影もウロウロしてないではやく帰りなよ。」

長い髪をなびかせて、ふわりと近くの屋根に上り、さっさとその場から去った。
地面に座り込んでいた飛影が、立ち上がってこちらを見て、逆方向に走っていく。
蔵馬はその様子を見ながら、合うたびに手合わせを頼まれている躯を不憫に思った。
たまになら良いかもしれないが、毎回とあれば・・・、自分だって断る。





飛影は帰り道、なんとなく桑原の家の前に来た。様子を見たい、という考えなどなかった。
しかし不運なことに窓を開けて風をいれようとした桑原と目が合ってしまった。
まさかの出来事だった。

「うわっ、ひ、飛影じゃねーか!何やってるんだそこで!」

夜中に自分の前に姿を現した飛影はボロボロであった。
窓の上から、そして久しぶりに見た飛影は、当然のようにどこも変わっていない。
暗闇に溶け込むように立ち、向こうもこちらを見ている。
桑原も急な出来事に戸惑ったが、ここは部屋に招き入れるべきなのか、と思った。
不本意ではあるが戦友である。

しかし桑原が話しかけるよりも先に、飛影が口を開いた。

「・・・カキゴオリ・・・。」
「は?!」
「確かシロップとかいうやつを氷にかけるだけの食い物だったな。」

飛影は桑原には見つかりたくなかった。しかし見つかった。
その場しのぎのために思いついた話題が、魔界で見たあの光景。魔界には無い食べ物であった。

「飛影、食いたいのか?氷はどうにでもなるが、あいにくシロップがねえ。」
「ビールも無いのか?」
「ビーーールーー?!お前、ビールって!どこのバカだそんな邪道なモン、かけやがるのは!」

暗闇に桑原の声が響く。飛影は桑原の驚いた表情を見て、躯のアレは普通ではないのだと理解した。
「聞いただけだ。次に会うまでに、用意しておけ。そのシロップを。そうだな、半年後くらいにくるかもしれん。」
「そん時は冬だ!寒いだろ!」
「そうなのか?面倒臭いな人間界は・・・。」

体の体温もすっかり戻り、夏に興味がなくなっていた。
一度手合わせもしたし、用が無い。
雪菜も大丈夫だろう。


何か言おうとした桑原を無視して、さっそうと闇の中を走り出した。

まず魔界に帰ってすることが一つ。
ビールはおかしい、と躯に告げることだ。おそらく笑って誤魔化されるだろう。










夏企画として、挑戦的な意味でリレー小説をやってみました。
色々な書き手がいたため、場面変換がおおく、繋げるのも終わらすのも大変。かなり高度なんですねリレー小説って。なめてましたよ私。
なかなか企画として未熟でした。というか私が悪いです。すみません。(期間内にも終われず・・・。)
そしてタイトルも忘れていました。しまった。

しかし文を書いて下さった方も、絵を描いて下さった方も、本当にありがとうございました。
絵は、オンマウスで絵師の名前が出ます。
文は、全体を反転すると、ラインと書き手の名前が出ます。

完成しなかったところは私がなんとか終わらせました。無理やり感たっぷり。
書き手によって文体が(視点ですね)違ったので、あえてそれを利用して(?)、色々な視点から。躯、蔵馬、桑原、飛影を入り混じらせました。時雨視点を忘れていたのですが、もういいです。笑


thanks--レイ様・安奈様・みさ様・佐藤様・水夏様・琥珀様

up--071028
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